ネットワーク解析創薬・ターゲット探索

Disease Module入門 #1:疾患をネットワークの局所的な破綻として読む

本記事は「Disease Module入門」シリーズの第1回(概念編)です。

タイトル主な内容
第1回(本記事)疾患をネットワークの局所的な破綻として読む疾患モジュールの概念・3種のモジュールの違い・数理定義・疾患間関係
第2回シード・ネットワーク・検出法と統計的検証解析パイプライン、シード設計、ネットワーク選択、5つの検出法、有意性検定
第3回創薬応用とIBDで実際に計算するドラッグリポジショニング、シングルセル、IBDケーススタディ(実データ解析)

同じ「2型糖尿病」と診断された患者でも、ある人ではインスリン分泌の障害が、別の人では末梢組織のインスリン抵抗性が病態の中心にある。当然、効く薬も違う。複雑疾患は、単一の原因遺伝子を一つ突き止めれば説明がつく、というほど単純ではない。

Disease Module(疾患モジュール) は、こうした複雑疾患を 「点」ではなく分子ネットワーク上の「領域」として捉える ための概念である。第1回では、疾患モジュールとは何か、そしてなぜ必要なのかを、数理的な定義まで含めて整理する。

GOAL
  • 疾患モジュールが「疾患を分子ネットワークの局所的な破綻として見る」概念だと説明できる
  • トポロジカルモジュール・機能モジュール・疾患モジュールの違いを区別できる
  • 疾患モジュールをグラフ上でどう定義し、近さや連結性をどう測るかがわかる
  • 疾患モジュールの重なりから疾患間の関係(併存症)を読む発想がわかる

なぜ Disease Module が必要なのか

疾患研究では長く、「どの遺伝子が原因か」という問いが中心に置かれてきた。単一遺伝子疾患では、この問いは強力である。原因遺伝子、変異、タンパク質機能、表現型の関係を比較的直線的に追うことができる。

しかし、がん、糖尿病、アルツハイマー病、炎症性腸疾患、精神疾患、自己免疫疾患、心血管疾患のような複雑疾患では事情が違う。個々の遺伝子の効果は小さく、複数の経路が組み合わさり、環境要因や細胞状態も関与する。疾患を一つの「原因」に還元しようとすると、かえって病態の構造を見失う。

この問題に対して、ネットワーク医学は疾患を分子ネットワークの摂動として捉える。細胞内では、タンパク質は単独で働くのではなく、複合体、シグナル伝達経路、転写調節回路、代謝反応、細胞小器官、細胞間コミュニケーションの中で機能する。ある遺伝子の変異は、その遺伝子産物だけで完結せず、相互作用相手や下流経路、補償経路に影響する。逆に、異なる遺伝子に生じた変化でも、同じ経路や同じ機能領域に収束すれば、似た疾患表現型を生むことがある。

Disease Module の概念図

▲ 図1. 疾患関連遺伝子は、ネットワーク全体に均一に散らばるのではなく、病態に関わる局所領域に集まりやすい。この局所領域を疾患モジュールとして扱う。

Disease Module は、この発想を具体的な解析単位にしたものである。疾患に関連する遺伝子やタンパク質が、ヒトインタラクトーム上でランダムに散らばるのではなく、同じ近傍に集まりやすいなら、その近傍は疾患の分子基盤を反映している可能性がある。Barabási、Gulbahce、Loscalzo のネットワーク医学総説は、疾患表現型をネットワーク上の局所的な破綻として扱う枠組みを明確化した。Menche らは、疾患関連タンパク質がヒトインタラクトーム上でどの程度同じ近傍に位置するかを評価し、疾患モジュールの位置関係が症状類似性や併存症などの表現型関係と結びつくことを示した。

ポイント

疾患モジュールは単なる「密なクラスター」ではない。タンパク質複合体のように相互作用が密な領域もあるが、疾患モジュールは必ずしも完全に連結した高密度コミュニティとは限らない。複数の機能サブモジュールがパスで結ばれていたり、ネットワーク上では近いが直接相互作用していなかったりすることも多い。疾患は経路間の連絡、補償、フィードバック、細胞状態依存性を含むからである。

トポロジカル・機能・疾患モジュールの違い

ネットワーク医学で混同しやすい概念に、トポロジカルモジュール・機能モジュール・疾患モジュールの3つがある。これらは重なることもあるが、同じものではない。

  • トポロジカルモジュール … ネットワーク構造だけから見た密な部分。ノード同士が互いによく接続し、外部との接続が比較的少ない領域を指す。典型例はタンパク質複合体や局所的な相互作用クラスター。コミュニティ検出アルゴリズムが抽出するモジュールの多くはこれにあたる。

  • 機能モジュール … 同じ生物学的機能に関わるノード集合。たとえば DNA 修復、酸化的リン酸化、T細胞受容体シグナル、オートファジー、シナプス小胞輸送など。機能的に同じ過程に関わる遺伝子はネットワーク上で近くに位置しやすいが、必ずしも密に相互作用しているとは限らない。

  • 疾患モジュール … ある疾患表現型と関係するノード集合。変異、発現変化、コピー数変化、メチル化変化、スプライシング異常、タンパク質機能異常、薬剤応答など、疾患に結びつく摂動がネットワーク上でまとまって現れる領域を指す。

モジュール何でまとまっているか密に連結しているか典型例
トポロジカルネットワーク構造(接続密度)はいタンパク質複合体
機能生物学的機能とは限らないDNA修復、オートファジー
疾患疾患表現型との関連とは限らない疾患シードとその近傍

3種のモジュールの違い

▲ 図2. トポロジカルモジュール(A)・機能モジュール(B)・疾患モジュール(C)の違い。同一ネットワーク上で、それぞれ異なる基準によりノード群がモジュールとして抽出される。

疾患モジュールは、トポロジカルモジュールや機能モジュールと重なる場合もあるが、完全には一致しない。疾患Aのモジュールは複数の機能モジュールにまたがるかもしれないし、同じ機能モジュールの別の部分が疾患Bに関わるかもしれない。

注意

コミュニティ検出で得た密なクラスターを、そのまま疾患モジュールと呼んではいけない。疾患シードとの関係が弱い構造的クラスターを過大評価してしまう。逆に、疾患関連遺伝子の近傍を広げすぎると、ネットワークの巨大成分に飲み込まれ、ほとんど何でも含む曖昧なモジュールになる。

疾患モジュール解析では、「疾患シードに対して統計的に近いか」「ランダム集合より接続性が高いか」「生物学的に一貫した機能を示すか」「独立データで再現するか」をセットで見る必要がある。

数理的にどう定義するか

最も単純には、ヒトの分子ネットワークをグラフ G=(V,E)G = (V, E) と考える。VV は遺伝子、タンパク質、転写因子、代謝物などのノード、EE は相互作用、制御、反応、共発現、知識グラフ上の関係などのエッジである。

本シリーズでは用語を次のように使い分ける。

  • 分子ネットワーク … ノードやエッジの種類を限定しない一般的なグラフ

  • PPIネットワーク … そのうちタンパク質間相互作用に基づくもの

  • インタラクトーム … ヒトのタンパク質相互作用マップ全体

疾患 DD に関連する既知ノード集合を SDS_D とする。SDS_Dシード遺伝子(またはシードタンパク質)と呼ばれる。

近接性を測る2つの指標

疾患モジュール解析の第一歩は、SDS_DGG 上でランダムに散らばっているのか、それとも近接しているのかを評価することである。指標は大きく2つある。

(1) シード間の最短距離。 各シードから最も近い別のシードまでの距離の平均(これを ds\langle d_s\rangle と書く)、または全シードペア間の平均距離を計算し、次数分布を保ったランダムなシード集合と比較する。観測された距離がランダムより短ければ、疾患関連ノードは同じネットワーク近傍に偏っていると考えられる。たとえば第3回で扱う炎症性腸疾患では ds=1.48\langle d_s\rangle = 1.48、つまりシード遺伝子は平均してほぼ一手で互いに届く距離に固まっている。

(2) 最大連結成分の大きさ。 シードのみを取り出した誘導部分グラフの中で、最大連結成分がランダム期待値より大きいかを見る。Menche らは、疾患関連タンパク質が形成する観測可能なモジュールの大きさをランダム期待と比較し、疾患モジュールの同定可能性を議論した。

薬剤と疾患モジュールの距離

薬剤応用では、疾患モジュール SDS_D と薬剤標的集合 TXT_X のネットワーク距離が使われる。Guney らのネットワーク近接性の枠組みでは、各薬剤標的から最も近い疾患タンパク質までの距離を平均した closest measure

dc(S,T)=1TtTminsSd(s,t)d_c(S, T) = \frac{1}{|T|}\sum_{t \in T}\min_{s \in S} d(s, t)

を計算し、同じ次数分布を持つランダムな標的集合との比較から z-score を求める(詳しくは第3回で実際に計算する)。

注意

最短距離だけで疾患モジュールを定義するのは粗い。PPIネットワークには高次数ハブがあり、ほとんどのノードが短い距離でつながる小世界性もある。次数を保ったランダム化、ハブ補正、組織発現フィルタ、エッジ信頼度、細胞種特異性、エビデンスの重みづけを入れないと、見かけ上の近さに引っ張られる。

疾患間関係と併存症

疾患モジュールの大きな魅力は、疾患同士を比較できることである。疾患Aと疾患Bのモジュールが重なる、またはネットワーク上で近い場合、両者は共通の病態機序を持つ可能性がある。これは、症状が似ている疾患、併存しやすい疾患、同じ薬剤が効く可能性のある疾患を理解する手がかりになる。

たとえば、二つの疾患が同じ遺伝子を共有していなくても、ネットワーク上で近ければ、同じ経路や隣接する機能領域に影響しているかもしれない。逆に、同じ遺伝子を共有していても、疾患ごとの細胞種、変異タイプ、発現状態、環境文脈が違えば、表現型は大きく異なることがある。疾患モジュール比較は、「共通遺伝子の有無」より柔らかい尺度で疾患関係を扱える

重なりを定量化する:分離度

二つの疾患モジュール AABB の関係は、最短距離を使って一つの数値にまとめられる。Menche らは 分離度(separation)

sAB=dABdAA+dBB2s_{AB} = \langle d_{AB}\rangle - \frac{\langle d_{AA}\rangle + \langle d_{BB}\rangle}{2}

を導入した。ここで dAA\langle d_{AA}\rangle はモジュール AA 内の各遺伝子から最も近い別の AA 遺伝子までの平均距離(BB も同様)、dAB\langle d_{AB}\rangleAABB の間の平均最短距離である。直感的には、「2疾患の遺伝子が互いにどれだけ近いか」を、「それぞれの疾患が自分自身の中でどれだけ近いか」で割り引いた量になっている。

  • sAB<0s_{AB} < 0 … 2疾患はインタラクトーム上で 重なって おり、同じ近傍を共有する。併存しやすく、共通の病態機序や共通の薬剤標的を持つ可能性がある。

  • sAB>0s_{AB} > 0 … 2疾患は 分離 しており、ネットワーク上で別々の領域に存在する。

疾患間の分離度の概念

▲ 図3. 2つの疾患モジュール A・B の位置関係を分離度 sABs_{AB} で測る。重なる場合(左, sAB<0s_{AB}<0)は近傍を共有し、併存や共通機序を示唆する。離れる場合(右, sAB>0s_{AB}>0)はネットワーク上の別々の領域に存在する。

Menche らは約300疾患のすべてのペアでこの sABs_{AB} を計算し、重なる疾患ペアが症状類似性・併存症・共発現と統計的に関連することを示した。共通遺伝子を一つも持たない疾患ペアでも、sAB<0s_{AB}<0 なら関係を読み取れる点が、単純な遺伝子の一致を数えるより強い。同じ最短距離ベースの量なので、第1回で定義した薬剤距離 dcd_c や、第3回で実際に計算するモジュール内距離 ds\langle d_s\rangle と地続きに理解できる。

この考え方は疾患分類にも影響する。臨床分類は臓器・症状・病理所見に基づくことが多いが、ネットワーク分類は分子機序の近さに基づく。両者は一致することもあれば、意外なつながりを示すこともある。


次の第2回では、この概念を実際に動かすために、シードの作り方・ネットワークの選び方・5つの検出手法・統計的検証を順に見ていく。

関連記事Disease Module入門 #2:シード・ネットワーク・検出法と統計的検証

参考文献

  1. Barabási AL, Gulbahce N, Loscalzo J. Network medicine: a network-based approach to human disease. Nature Reviews Genetics. 2011;12:56-68. https://doi.org/10.1038/nrg2918

  2. Mitra K, Carvunis AR, Ramesh SK, Ideker T. Integrative approaches for finding modular structure in biological networks. Nature Reviews Genetics. 2013;14:719-732. https://doi.org/10.1038/nrg3552

  3. Menche J, Sharma A, Kitsak M, et al. Uncovering disease-disease relationships through the incomplete interactome. Science. 2015;347:1257601. https://doi.org/10.1126/science.1257601

  4. Pandey AK, Loscalzo J. Network medicine: an approach to complex kidney disease phenotypes. Nature Reviews Nephrology. 2023;19(7):463-475. https://doi.org/10.1038/s41581-023-00705-0