ネットワーク解析創薬・ターゲット探索

Disease Module入門 #2:シード・ネットワーク・検出法と統計的検証

本記事は「Disease Module入門」シリーズの第2回(手法編)です。

タイトル主な内容
第1回疾患をネットワークの局所的な破綻として読む疾患モジュールの概念・3種のモジュールの違い・数理定義・疾患間関係
第2回(本記事)シード・ネットワーク・検出法と統計的検証解析パイプライン、シード設計、ネットワーク選択、5つの検出法、有意性検定
第3回創薬応用とIBDで実際に計算するドラッグリポジショニング、シングルセル、IBDケーススタディ(実データ解析)

第1回では、疾患モジュールが「疾患を分子ネットワークの局所的な破綻として見る」概念だと整理した。第2回では、それを実際に作る手順に踏み込む。結論を先に言えば、解析の質はシードの定義とネットワークの選択でほぼ決まる。

GOAL
  • 疾患モジュール解析の標準的なパイプラインを説明できる
  • シード遺伝子をデータソース別に設計し、感度分析する発想がわかる
  • 解析目的に合ったネットワーク(物理相互作用/機能的関連など)を選べる
  • DIAMOnD・拡散・Steiner treeなど5つの検出法を使い分けられる
  • 次数を保ったランダム化でモジュールの有意性を検定する理由がわかる

解析パイプラインの全体像

実務での疾患モジュール解析は、だいたい以下の流れになる。

段階目的具体例
1. 疾患シードの定義解析の出発点を決めるGWAS、OMIM、ClinVar、DisGeNET、Open Targets、差次的発現遺伝子
2. ネットワークの選択相互作用の地図を決めるSTRING、BioGRID、IntAct、HuRI、Reactome、KEGG、GRN、知識グラフ
3. ID正規化遺伝子名の揺れをなくすHGNC symbol、Ensembl ID、Entrez ID、UniProt ID
4. シード投影シードがネットワークに載るか確認カバレッジ、孤立ノード、巨大成分への所属
5. 近接性検定疾患モジュール仮説を評価平均最短距離、最大連結成分、ランダム化 z-score
6. モジュール抽出疾患関連近傍を広げるDIAMOnD、拡散、ランダムウォーク、Steiner tree、RFIM
7. 機能解釈生物学的意味を付けるGO、Reactome、KEGG、MSigDB、細胞種マーカー
8. 検証偶然やバイアスを排除する独立データ、疾患コホート、摂動データ、文献、実験
9. 応用仮説生成に使う候補遺伝子、バイオマーカー、薬剤標的、ドラッグリポジショニング

Disease Module を使った創薬ワークフロー

▲ 図1. 疾患データから疾患モジュールを作り、薬剤標的を重ねることで、標的探索、薬剤再利用、併用療法、安全性評価へ展開できる。

ポイント

このうち最も地味で、しかし最も結果に効くのはシード定義とネットワーク選択である。疾患名を入れれば自動的に正しいモジュールが出るわけではない。

疾患概念が広すぎると、シードは異質な病態を混ぜたものになる。たとえば「心不全」には虚血性、拡張型心筋症、弁膜症、代謝性、炎症性など複数の原因がある。疾患モジュールを作るなら、できるだけ表現型・組織・細胞種・疾患ステージ・データソースを明確にした方がよい。

シード遺伝子をどう作るか

疾患モジュールの質は、シード遺伝子の質でほぼ決まる。 シードは「疾患に関わるらしい遺伝子」の集合だが、その由来によって意味が大きく異なる。

  • 単一遺伝子疾患・希少疾患 … OMIM や ClinVar に登録された原因遺伝子が強いシードになる。

  • がん … ドライバー遺伝子、コピー数変化、融合遺伝子、変異頻度、CRISPR依存性スクリーニング、薬剤感受性データを組み合わせる。

  • 複雑疾患 … GWAS座位から候補遺伝子を割り当てる必要があるが、ここが最大の難所である。最も近い遺伝子を使う単純な割り当ては誤りやすく、eQTL、クロマチン相互作用、細胞種特異的エンハンサー、fine-mapping、coding variant、colocalization を組み合わせた方がよい。

この変異から因果遺伝子への割り当てを体系化した一例が Open Targets の L2G スコアで、その考え方はOpen Targets入門 #4:L2Gスコアで遺伝的根拠のある創薬ターゲットを発掘するで詳しく解説している。

オミクスデータ由来のシードでは、差次的発現遺伝子をそのまま使うか、効果量や統計量を連続値として使うかで解析が変わる。二値のシード集合にすると扱いやすいが、閾値に依存する。連続値を使うと情報を捨てずに済むが、拡散法やスコア伝播法など別の設計が必要になる。

ポイント

シードを一つに決め打ちせず、複数のシード集合で感度分析を行うのがよい。厳格な高信頼シード、広めの候補シード、発現データ由来シード、GWAS由来シードを別々に解析し、共通して出る近傍とデータソース特異的に出る近傍を分けて解釈する。

ネットワークをどう選ぶか

PPIネットワークは疾患モジュール解析の中心的な基盤だが、PPIにも種類がある。実験的に検証された物理相互作用を重視するネットワーク、文献キュレーションを含むネットワーク、予測相互作用や機能的関連を含むネットワークでは、得られるモジュールが変わる。

  • STRING … 広く使われるが、物理相互作用だけでなく共発現・文献共起・データベース由来の機能的関連なども含みうる。

  • BioGRID / IntAct … 実験的相互作用の情報源として有用。

  • HuRI … 大規模ヒト相互作用マップで、物理的相互作用に重点。

  • Reactome / KEGG … パスウェイ単位の解釈に強いが、ネットワークとして扱うならエッジの意味を明確にする必要がある。

疾患によっては、PPIだけでは不十分である。転写因子と標的遺伝子の制御ネットワーク、リガンド・受容体ネットワーク、代謝ネットワーク、遺伝子共発現ネットワーク、エピゲノム制御ネットワーク、非コードRNAを含むネットワーク、疾患・薬剤・表現型を含む知識グラフが有効な場合もある。たとえば免疫疾患や神経疾患では、細胞種特異的な発現や細胞間通信が重要であり、汎用PPIにシードを置くだけでは病態の文脈を失いやすい。

注意

ネットワークは「大きければよい」のではない。物理相互作用を見たいのか、機能的関連を見たいのか、薬剤標的との距離を見たいのか、患者群ごとの状態依存ネットワークを見たいのか——解析目的に合ったエッジ意味・エビデンス・組織文脈・ノードカバレッジを選ぶ必要がある。

注意

もう一つの根本的な制約は、ヒトインタラクトームが不完全なことである。既知の物理相互作用は全体の一部にすぎず、未報告のエッジが多く残る(Menche らの論文タイトルも “through the incomplete interactome”)。

そのため、2つの遺伝子がネットワーク上で遠いからといって無関係とは限らない——単に相互作用がまだ観測されていないだけかもしれない。研究の浅い遺伝子ほど実際より「孤立」して見える点に注意する。

代表的な検出手法

疾患モジュール検出法は、大きく5つに分けられる。

シード近傍法

最も単純な方法は、既知シードの近傍を取ることである。シードから1〜2ステップ以内のノードを候補とし、機能エンリッチメントや中心性で絞り込む。理解しやすいが、ネットワーク密度やハブに強く影響される。1ステップ近傍は保守的だが狭すぎることがあり、2ステップ近傍は急に膨らみやすい。

DIAMOnD

DIAMOnD は、疾患タンパク質との接続の統計的有意性に基づいて候補ノードを一つずつ追加する手法である。疾患シードと多く接続するノードを単純に選ぶのではなく、そのノードの全次数を考慮し、疾患シードへの接続が偶然より強いかを見る。これにより、高次数ハブを機械的に拾う問題を軽減する。

DIAMOnD の重要な示唆は、疾患モジュールは必ずしも密なコミュニティではないという点である。疾患タンパク質同士が直接相互作用する割合は高くないことがあり、既知シードの間に存在する接続パターンや周辺ノードを通じてモジュールを拡張する必要がある。これは複雑疾患の病態に合っている。

実務でつまずきやすいのは、どこで追加を止めるかである。DIAMOnD はノードを無限に足し続けられるため、止め時を決めないとネットワークの大半を取り込んでしまう。各ノードには接続有意性の p 値が付くので、次のいずれかで打ち切る。

  • 追加数 nn を事前に決め打ちする

  • p 値が閾値を超えたら止める

  • p 値が急に悪化する「肘」で止める

追加数はパラメータであり結果を左右する。複数の nn で再現性を見て、安定して出る近傍を採用するのが頑健である。

ネットワーク拡散・ランダムウォーク

ネットワーク拡散法では、シードに初期スコアを置き、エッジを通じてスコアを広げる。Random walk with restart、heat diffusion、network propagation などが代表的である。直接隣接していなくても、シード集合から一貫して近いノードは高いスコアを得る。連続的な遺伝子スコア(GWAS統計量や発現差)を扱いやすい点が利点である。

ただし、拡散法はネットワーク全体の構造に依存し、ハブや巨大成分の影響を受ける。拡散パラメータを変えると、局所的な近傍を重視する解析にも、広い経路を拾う解析にもなる。パラメータ感度を確認しないと、結果の解釈が不安定になる。

Steiner tree / Prize-collecting Steiner forest

Steiner tree 系の方法は、シードをつなぐ小さなサブネットワークを探す。シード同士が直接つながっていなくても、間に存在する中継ノードを追加して、全体として説明力のあるネットワークを構成する。Prize-collecting Steiner forest では、シードに報酬、エッジにコストを設定し、コストと報酬のバランスが良いサブネットワークを選ぶ。

この方法は、疾患関連遺伝子が複数の経路に散らばっているが、少数の中継ノードを通じてつながる場合に有用である。一方で、コストや報酬の設定、エッジ信頼度、パラメータに結果が左右される。

統計物理・機械学習・グラフ表現学習

近年は、Random-field Ising model のような統計物理に基づく方法、グラフ埋め込み、グラフニューラルネットワーク、知識グラフ推論を使う方法も増えている。これらは、二値シードだけでなく、連続スコア、多層ネットワーク、エッジタイプ、患者固有情報を組み込みやすい。

注意

モデルが複雑になるほど、解釈可能性と検証が難しくなる。疾患モジュール解析の目的が「説明可能な仮説生成」であるなら、高い予測性能を出すだけでは足りない。どのノード・どのエッジ・どの細胞文脈が病態解釈に寄与したのかを説明できる必要がある。

手法の使い分け

どの手法を選ぶかは、シードが二値か連続値か、疾患モジュールが密か散在的か、解釈可能性をどこまで重視するかで決まる。

手法主な入力向くケース注意点
シード近傍法二値シード素早い探索・可視化ネットワーク密度とハブに弱い
DIAMOnD二値シード密でない疾患モジュールを段階的に拡張次数は考慮するが構造依存は残る
拡散・RWR連続スコア可GWAS統計量や発現差を捨てずに使うパラメータ感度と巨大成分の影響
Steiner tree系二値シード散在シードを少数の中継ノードで結ぶコスト・報酬設定に敏感
グラフ学習・統計物理多層・連続・患者固有情報複雑な統合・大規模データ解釈性と検証が難しい

疾患モジュール検出法の違い

▲ 図2. 代表的な疾患モジュール検出法の比較。同一ネットワーク・同一シード(赤)から出発して、各手法がどのようにモジュールを広げるかを示す。

実務では、二値の高信頼シードしかなければ DIAMOnD やシード近傍法から始め、連続スコアがあるなら拡散法を併用する、といった組み合わせがよい。単一手法の結果を信じるより、性質の異なる複数手法で共通して出る近傍を重視する方が頑健である。

統計的検証:何と比べるべきか

疾患モジュールらしさを評価するには、適切な帰無モデルが必要である。最もよく使われるのは、シード数を保ったランダム集合との比較である。しかし、PPIネットワークではノード次数が強い交絡因子になる。疾患関連遺伝子は研究されやすく、研究されやすい遺伝子は相互作用情報が多く、次数が高くなりやすい。したがって、ランダム集合は次数分布を合わせるのが望ましい。

ポイント

疾患モジュールの有意性を検定するときは、ランダム集合を次数分布を保って生成すること。よく研究された疾患遺伝子はハブになりやすく、単純なランダム化では「近くて当然」の見かけの有意性が出てしまう。次数を合わせて初めて、研究バイアスを差し引いた近接性を評価できる。

モジュール有意性の概念

▲ 図3. モジュール有意性の考え方。次数を合わせたランダムな遺伝子集合(左)はネットワーク上に散らばり、小さな断片しか作らない。疾患関連遺伝子(右)は偶然より強く凝集して一つの連結モジュールを作る。観測されたモジュールの大きさが、ランダム集合から作られる分布の裾に位置するかを評価する。

典型的には、観測された指標 xobsx_\text{obs} に対して、同じサイズで次数分布を近似的に保ったランダム集合を多数生成し、平均 μrand\mu_\text{rand} と標準偏差 σrand\sigma_\text{rand} を求める。その上で

z=xobsμrandσrandz = \frac{x_\text{obs} - \mu_\text{rand}}{\sigma_\text{rand}}

を計算する。距離指標なら zz が負に大きいほど観測シードはランダムより近く、連結成分サイズなら zz が正に大きいほどランダムより連結している。

多重検定にも注意が必要である。多くの疾患・ネットワーク・パラメータ・シード定義を試すなら、偶然有意なモジュールは必ず出る。FDR補正、事前に決めた解析計画、独立データでの再現性確認が必要になる。

さらに、統計的に有意なモジュールが、生物学的に意味のあるモジュールとは限らない。次のような点を重ねて確認したい。

  • ハブ補正後も有意か

  • 既知経路に偏りすぎていないか

  • 組織発現や疾患関連細胞種と整合するか

  • 患者データで同じ方向に変化するか

  • 摂動実験で表現型が変わるか

よくある失敗

疾患モジュール解析でつまずきやすい点を5つ挙げる。

  1. 入力遺伝子リストの意味を確認しない … 差次的発現遺伝子は疾患原因ではなく、結果や細胞組成変化を反映している場合がある。GWAS近傍遺伝子は本当に原因遺伝子とは限らない。複数データソースを混ぜるなら、エビデンスの種類を明示する。

  2. ネットワークのエッジ意味を混同する … 物理相互作用、機能的関連、共発現、文献共起、制御関係は同じではない。STRINGの高スコアエッジをPPIと呼ぶ場合でも、そのスコアが何に基づくのかを確認する。エッジ意味を混ぜるなら、解釈も「物理的接触」ではなく「機能的関連」にすべき。

  3. ハブを生物学的発見と誤認するTP53AKT1MYCEGFRJUNSTAT3 のような高次数ノードは多くの解析で上位に出やすい。研究バイアスとネットワーク次数を補正しないと、既知の中心遺伝子を再発見しただけになる。

  4. 可視化を結果と取り違える … きれいなネットワーク図は説得力があるが、ノード配置・エッジ密度・色・サイズは解析者の設定に依存する。図は仮説を伝える道具であり、統計的検証の代わりにはならない。

  5. モジュールを大きくしすぎる … シード近傍を広く取りすぎると、疾患特異的な情報が薄まる。巨大成分の多くを含むサブネットワークはほとんど何でも説明できるが、具体的な仮説を生みにくい。

実装の最小構成

実装は、Python なら NetworkXpandasgseapymygenescipystatsmodels あたりで組める。R なら igraphtidygraphggraphclusterProfilerReactomePA などが使いやすい。実務では、以下の出力を最低限残しておくと後で検証しやすい。

出力内容
seed_table.tsvシード遺伝子、由来、エビデンス、ID対応
network_metadata.jsonネットワーク名、バージョン、エッジ種類、フィルタ条件
seed_coverage.tsvシードのうちネットワークに載ったもの、載らなかったもの
proximity_test.tsv距離、連結成分、ランダム化、z-score、p値
module_nodes.tsv抽出モジュールのノード、スコア、シード判定、中心性
module_edges.tsvモジュール内エッジ、信頼度、データソース
enrichment.tsvGO、Reactome、KEGG、MSigDBなどの富化結果
メモ

解析ノートには、シード数、ネットワークに投影できた割合、孤立シード数、最大連結成分サイズ、ランダム化の方法、ランダム試行回数、次数マッチングの幅、使用したIDバージョンを必ず書く。これらがないと結果を再現できない。


第2回では「どう作り、どう検証するか」を見た。次の第3回では、これらを創薬にどう活かすかを整理し、最後に炎症性腸疾患(IBD)を題材に実データで疾患モジュールを計算してみる。

関連記事Disease Module入門 #3:創薬応用とIBDで実際に計算する

参考文献

  1. Ghiassian SD, Menche J, Barabási AL. A DIseAse MOdule Detection (DIAMOnD) algorithm derived from a systematic analysis of connectivity patterns of disease proteins in the human interactome. PLOS Computational Biology. 2015;11:e1004120. https://doi.org/10.1371/journal.pcbi.1004120

  2. Choobdar S, Ahsen ME, Crawford J, et al. Assessment of network module identification across complex diseases. Nature Methods. 2019;16:843-852. https://doi.org/10.1038/s41592-019-0509-5

  3. Sonawane AR, Weiss ST, Glass K, Sharma A. Network medicine in the age of biomedical big data. Frontiers in Genetics. 2019;10:294. https://doi.org/10.3389/fgene.2019.00294

  4. Wang XW, Qiao D, Cho MH, DeMeo DL, Silverman EK, Liu YY. A statistical physics approach for disease module detection. Genome Research. 2022;32(10):1918-1929. https://doi.org/10.1101/gr.276690.122