前回の記事では[Open Targetsの概要]を解説しました。今回はWebインターフェース(UI)を実際に操作しながら、疾患から創薬ターゲット候補を探す流れを一通り体験します。
コードは一切不要です。ブラウザだけで完結します。
使用するツール
- 登録・ログイン不要、完全無料
- インストール不要 — ブラウザのみで操作可能
- モバイルでも動作するが、テーブル操作はPC推奨
本記事では アルツハイマー病(Alzheimer’s disease) を例に解説します。
Step 1:疾患を検索する
https://platform.opentargets.org/ にアクセスし、検索バーに Alzheimer と入力します。
▲ “Alzheimer” と入力するとTarget・Disease・Variant・Study・Drug など種別ごとにサジェストが表示される
サジェストに複数の候補が表示されます。
ポイント:Open Targets Platformでは、疾患・表現型は主にEFO(Experimental Factor Ontology)に基づいて整理され、MONDOなど外部Ontologyとの対応関係も利用されています。疾患ページのAssociated Targetsでは、選択した疾患とその下位概念に紐づくエビデンスも含めてターゲットが集計されます。
Step 2:疾患ページの構成を把握する
疾患ページには2つのタブがあります。
| タブ | 内容 |
|---|---|
| Associated Targets | ターゲット候補一覧とスコア(メイン) |
| Profile | 疾患の詳細プロファイル(概要・関連表現型・文献など) |
Associated Targetsタブ内には、さらに表示モードを切り替えるボタンがあります。
| ボタン | 内容 |
|---|---|
| Target-disease association | データソース別スコアのヒートマップ |
| Target prioritisation factors | 4カテゴリの信号機カラービュー |
まず Associated Targets タブが開いていることを確認してください。
Step 3:アソシエーションテーブルを読む
▲ Alzheimer disease のAssociated Targetsビュー。APP・PSEN1・APOE などが上位に並ぶ
Overall Scoreとは
テーブルの各行が1ターゲットに対応し、左端に Overall Score(0〜1) が表示されます。これは「その疾患に対して、そのターゲットをどの程度強く示唆するエビデンスが集まっているか」を比較するためのランキング指標です。
テーブルの各列がデータソースに対応しており、スコアは0〜1で色の濃さで表現されます。列はスクロールで横に続いており、Column options ボタンで絞り込みも可能です。
臨床・薬剤エビデンス
| データソース | 内容 |
|---|---|
| Clinical Precedence | ChEMBL等に基づく臨床段階・承認薬の情報。そのターゲットを標的とする薬剤の開発実績を示す |
遺伝的エビデンス
| データソース | 内容 |
|---|---|
| GWAS associations | GWASと機能ゲノミクスデータを統合した遺伝的シグナル。L2Gスコアで座位内の有力な因果遺伝子を推定 |
| Gene Burden | 希少変異のバーデン解析による遺伝子レベルの関連。UKBiobank等の大規模WES/WGSデータ由来 |
| ClinVar | NIHの生殖細胞系列バリアントDB。病原性・おそらく病原性のバリアントを収録 |
| GEL PanelApp | Genomics England 100,000 Genomes Projectの専門家によるキュレーション。遺伝性疾患の遺伝子パネル |
| Gene2Phenotype | 臨床遺伝学者による文献ベースのキュレーション。遺伝子と疾患の因果関係を評価 |
| UniProt curated variants | UniProtが病原性と注釈した変異。文献ベースの高信頼性エビデンス |
| Orphanet | 希少遺伝性疾患と遺伝子の関連性。専門家によるキュレーション |
| ClinGen | 遺伝子-疾患有効性の評価フレームワーク。Definitive〜Disputed のエビデンスレベルで分類 |
体細胞変異・がんエビデンス
| データソース | 内容 |
|---|---|
| Cancer Gene Census | COSMICのがんドライバー遺伝子カタログ。体細胞変異と腫瘍形成の関係 |
| IntOGen | 複数のがんコホートを統合したドライバー遺伝子同定。統計的に有意な変異濃縮を検出 |
| ClinVar (somatic) | ClinVarの体細胞バリアント情報 |
機能的・薬理学的エビデンス
| データソース | 内容 |
|---|---|
| Cancer Biomarkers | がん治療薬への反応性バイオマーカー(感受性・耐性) |
| CRISPR Screens | CRISPRbrainなどの機能ゲノミクススクリーン。疾患に関連する細胞型で、遺伝子摂動が表現型に与える影響を示す |
| Project Score | がん細胞株でのCRISPRノックアウト依存性スコア。そのターゲットへの細胞依存性を示す |
| Reactome | 疾患に影響される反応経路からのエビデンス |
間接的エビデンス
| データソース | 内容 |
|---|---|
| Europe PMC | 文献中での遺伝子-疾患共起の自動抽出。エビデンスの補完として使用 |
| Expression Atlas | 疾患組織vs対照組織の発現差異。疾患との間接的な関連を示す |
スコアの計算方法
Overall Scoreは、各データソースのエビデンススコアを正規化されたharmonic sumで統合して算出されます。単純平均ではなく、強いエビデンスを持つデータソースを反映しつつ、複数の独立したデータソースから支持されるターゲットが上位に来やすい設計です。
ただし、このスコアは「創薬ターゲットとして正しい確率」そのものではありません。データ量の多い疾患やよく研究された遺伝子ではスコアが高くなりやすいため、最終判断ではEvidenceページで根拠の内訳を確認する必要があります。
Step 4:ウェイトをカスタマイズする(Column options → Advanced options)
▲ Column options → Advanced options を展開した状態。各データソースの Weight スライダーが並ぶ
テーブル右上の Column options(歯車アイコン)をクリックし、展開されたパネル内の Advanced options をクリックすると、各データソースのウェイトを調整できます。
注意:テーブル左上の Advanced filters(漏斗アイコン)は別機能です。ターゲット名やカテゴリで表示を絞り込むフィルターであり、ウェイト調整とは無関係です。
Advanced options では2種類の設定が可能です。
| 設定項目 | 内容 |
|---|---|
| Weight スライダー | 各データソース列ごとに縦型スライダーが並ぶ。上下に動かしてそのデータソースの寄与を調整する |
| Include? チェックボックス | 各データソースをスコア計算に含めるかどうかを切り替える |
活用例:
- 遺伝的根拠を重視したい → GWAS associationsやGene Burdenのウェイトを上げる
- 臨床開発済みのターゲットを優先したい → Clinical Precedenceのウェイトを上げる
- 文献バイアスを避けたい → Europe PMCのウェイトを下げる、またはInclude?をオフにする
プロジェクトの目的に合わせて探索戦略をカスタマイズできる点は、Open Targets PlatformをUIで使う大きな利点です。変更後はランキングがその場で再計算されるため、仮説ごとの優先順位の変化を確認できます。
Step 5:Target Prioritisationビューに切り替える
Associated Targetsタブ内の “Target prioritisation factors” に切り替えます。
▲ Target prioritisation factorsビュー。緑が有利、赤が不利を示す信号機カラーで各因子を一覧できる
各セルは**緑(優先材料)〜赤(懸念材料)**の信号機カラーで表示されます。ここで表示されるのは疾患固有のエビデンスではなく、ターゲットそのものの性質を4カテゴリで整理した補助情報です。
Precedence(先行性):臨床実績はあるか
| 因子 | 内容 | 緑の条件 |
|---|---|---|
| Target in clinic | そのターゲットを標的とする薬剤が、いずれかの適応症で臨床段階にあるか | 臨床試験または承認薬が存在する |
Tractability(ドラッカビリティ):薬にしやすいか
| 因子 | 内容 | 緑の条件 |
|---|---|---|
| Membrane protein | 細胞膜上に局在するか | 膜タンパクまたは細胞表面タンパク |
| Secreted protein | 分泌タンパクか | 分泌タンパクと予測される |
| Ligand binder | 既知リガンドを結合するドメインを持つか | 高品質リガンドとの結合が確認されている |
| Small molecule binder | 小分子化合物と共結晶化されているか | PDBに共結晶構造が存在する |
| Predicted pockets | AlphaFold構造にドラッカブルポケットがあるか | DrugEBIlityスコア ≥ 0.7 |
Doability(実施可能性):研究ツールが揃っているか
| 因子 | 内容 | 緑の条件 |
|---|---|---|
| Mouse orthologue identity | マウスオルソログとのアミノ酸配列相同性 | 相同性が高い(in vivoモデルで評価しやすい) |
| Chemical probes | 高品質なケミカルプローブが利用可能か | Probes&Drugs等で認定されたプローブが存在する |
Safety(安全性):副作用リスクはないか
| 因子 | 内容 | 緑の条件 |
|---|---|---|
| Genetic constraint | LOF変異に対する遺伝的不耐性(LOEUF指標) | LOEUFが高い=LOFバリアントが許容される=必須遺伝子でない |
| Mouse models | マウスノックアウトの表現型 | 致死・重篤な表現型が報告されていない |
| Gene essentiality | がん細胞株で共通必須遺伝子か | 必須遺伝子でない |
| Known safety events | 既知の有害事象(AE)との関連 | AEとの関連が報告されていない |
| Cancer driver gene | がんドライバー遺伝子か | がんドライバーでない(誤った活性化が起きにくい) |
| Paralogues | 高相同性のヒトパラログが存在するか | 高相同性パラログが少ない(選択性を確保しやすい) |
| Tissue specificity | 組織特異的に発現しているか | 疾患関連組織に特異的(全身への影響が少ない) |
| Tissue distribution | 発現する組織の広さ | 発現組織が少ない(全身副作用リスクが低い) |
実践的な使い方:まずOverall Scoreで疾患との関連が強いターゲットを拾い、次にTractability・Doability・Safetyで開発しやすさとリスクを確認します。Tractabilityに緑が多く、Safetyに赤が少ないターゲットは優先的に深掘りする価値があります。一方、赤が付いた因子は除外理由ではなく、追加検証すべきリスクとして扱うのが実務的です。
Step 6:ターゲットを深掘りする
気になるターゲット(例:APP)の行で ⋮ アイコンをクリックすると、コンテキストメニューが表示されます。
▲ ターゲット行のメニュー。目的に応じて移動先を選べる
| メニュー項目 | 内容 |
|---|---|
| Pin target | そのターゲットをテーブル先頭に固定。複数ターゲットを並べて比較したいときに使う |
| Target interactors | そのターゲットと相互作用するタンパク質を同じテーブルに表示(STRING・IntAct由来) |
| Navigate to evidence | ターゲット×疾患のエビデンスページへ移動。GWAS・文献・臨床試験の詳細を確認できる |
| Navigate to profile | ターゲットのプロファイルページへ移動。発現・安全性・ドラッカビリティ等の総合情報 |
| Navigate to associations | そのターゲットに関連する全疾患の一覧へ移動。適応拡大の探索に有用 |
通常の創薬ターゲット探索では、まず Navigate to profile でターゲット自体の特徴を確認し、次に Navigate to evidence で疾患との関連根拠を精査します。
Step 7:Navigate to profile〜ターゲットの総合情報を確認する
プロファイルページを開くと、タイル形式で全セクションが一覧表示されます。
▲ プロファイルページのトップ(例:APP)。各タイルをクリックして該当セクションへジャンプできる
各タイルの内容は以下のとおりです。
| タイル | 内容 |
|---|---|
| DC Drugs and Clinical Candidates | 承認済み・開発中薬剤の一覧。フェーズ・適応・作用機序が確認できる |
| TR Tractability | 小分子・抗体・PROTAC・遺伝子治療のモダリティ別ドラッカビリティ評価 |
| S Safety | 既知の有害事象・安全性リスクに関する情報 |
| PGx Pharmacogenetics | 薬物反応に関連する薬理ゲノミクス情報(ClinPGx由来) |
| QT molQTL Credible Sets | 分子QTL(eQTL・sQTLなど)の統計的信頼区間セット |
| CP Chemical Probes | 研究用の高品質ケミカルプローブの利用可能性 |
| BE Baseline Expression | 健常組織・細胞種での基礎発現量(GTEx・HPA由来) |
| DM Cancer DepMap | がん細胞株でのCRISPRノックアウト依存性スコア |
| SL Subcellular Location | タンパク質の細胞内局在(細胞膜・核・ミトコンドリアなど) |
| GO Gene Ontology | 分子機能・生物学的プロセス・細胞内成分のGO注釈 |
| GC Genetic Constraint | gnomADのLOEUFスコア。低いほど機能喪失に不耐性で必須遺伝子の可能性が高い |
| MS Molecular Structure | AlphaFold予測構造とドラッカブルポケットの3D可視化 |
| MI Molecular Interactions | STRING・IntAct由来のタンパク質相互作用ネットワーク |
| PW Pathways | Reactome由来のパスウェイ注釈 |
| CH Cancer Hallmarks | がんの特徴(増殖・浸潤・血管新生など)との関連 |
| MP Mouse Phenotypes | マウスノックアウト等で報告された表現型 |
| CG Comparative Genomics | 他生物種とのオルソログ比較(保存性の評価) |
| B Bibliography | 関連文献一覧(Europe PMC由来) |
創薬ターゲット評価で特に参照頻度が高いのは DC・TR・S・GC・BE です。
Step 8:Navigate to evidence〜疾患との関連根拠を精査する
「なぜこのターゲットがこの疾患に関連するのか」の根拠を、データソースごとに確認できるページです。Associated Targetsのスコアだけでは判断せず、このページでどの種類のエビデンスが効いているかを確認します。
▲ ページ上部にターゲットと疾患の概要が並んで表示される
ページを下にスクロールすると、利用可能なデータソースがタイル形式で表示されます。
▲ データソースのタイル一覧。グレーは該当データなし、色付きはエビデンスあり
データソースはカテゴリ別に分かれています。
| カテゴリ | データソース |
|---|---|
| Genetic associations | GWAS associations・Gene Burden・ClinVar・GEL PanelApp・Gene2Phenotype・UniProt literature・UniProt variants・ClinGen・Orphanet |
| Somatic mutations | Cancer Gene Census・IntOGen・ClinVar somaticなど |
| Clinical | Clinical Precedence |
| Pathways & systems biology | Project Score・CRISPR Screens・Reactome・Cancer Biomarkers |
| Text mining | Europe PMC |
| RNA expression | Expression Atlas |
| Animal models | IMPC |
タイルをクリックすると、そのデータソースの詳細エビデンス一覧が展開されます。
Genetic associationsの読み方
遺伝的エビデンスは特に重要です。各レコードには以下の情報が含まれます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| GWAS study | UKBiobank・FinnGenなどのコホート名 |
| p値 | ゲノムワイド有意水準(5×10⁻⁸以下が基準) |
| β/OR | 効果量(βは連続形質、ORは二値形質で使われることが多い) |
| L2G score | Locus-to-Geneスコア:その座位の因果遺伝子らしさを機械学習で予測 |
L2GスコアはGWASヒット座位に含まれる複数の遺伝子の中から、距離、染色体構造、eQTL、コーディング変異の影響などを統合して「因果遺伝子らしさ」を推定します。「GWASでヒットした座位のどの遺伝子を狙うか」を考える重要な根拠になります。ただし、機械学習による推定値なので、文献・機能実験・疾患生物学と合わせて解釈します。
実践:アルツハイマー病での上位ターゲット例
| ターゲット | 主なエビデンス | 備考 |
|---|---|---|
| APOE | GWAS(ε4アレル)、発現 | アルツハイマー病で最もよく知られた遺伝的リスク因子 |
| APP | 希少バリアント、動物モデル | アミロイド前駆体タンパク質 |
| PSEN1/PSEN2 | 家族性AD変異 | γ-セクレターゼ構成要素 |
| BIN1 | GWAS、Text mining | 後期発症ADで繰り返し報告されるGWAS hit |
| TREM2 | 希少バリアント | ミクログリア活性化との関連 |
まとめ:UIで疾患→ターゲット探索の基本フロー
① 疾患を検索
↓
② Associated Targets でスコアを確認
↓
③ Advanced Options でウェイト調整(必要に応じて)
↓
④ Target Prioritisation で4カテゴリを確認
↓
⑤ 候補ターゲットページで詳細確認
↓
⑥ Evidenceページで根拠を精査
次回はPython + GraphQL APIを使って、このデータをプログラムで取得・解析する方法を解説します。数百の疾患・ターゲットを一気に処理したいときに威力を発揮します。
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参考: - Open Targets Platform - Target Prioritisation Documentation - Target–disease associations Documentation - Open Targets Blog - Platform 26.03 release