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Open Targets入門 #4:L2Gスコアで遺伝的根拠のある創薬ターゲットを発掘する

本記事はOpen Targetsシリーズの第4回です。

タイトル主なゴール
第1回Open Targets入門 #1:概要と仕組みを理解するPlatformの位置づけ、データソース、association scoreの考え方を理解します
第2回Open Targets入門 #2:Platform UIで疾患から創薬ターゲットを探すアルツハイマー病を例に、UIでAssociated TargetsとEvidenceを読みます
第3回Open Targets入門 #3:Python + GraphQL APIでデータを取得するGraphQL APIから疾患関連ターゲットを取得し、解析しやすい表に変換します
第4回(本記事)L2Gスコアで遺伝的根拠のある創薬ターゲットを発掘するL2G × Tractability × 臨床フェーズで「未探索の有望候補」を絞り込みます
GOAL
  • L2GスコアがGWASシグナルから因果遺伝子を絞り込む仕組みを理解できる
  • L2G × Tractability × 臨床フェーズの3条件で「未探索の有望候補」を発掘できる
  • アルツハイマー病・9疾患の発掘結果を読んで、自分の疾患に応用する見通しが立つ
  • この解析の限界を把握して、適切な追加検証ができる

はじめに:GWASから薬への「最後の1マイル」

ゲノムワイド関連解析(GWAS)はこの20年で爆発的に蓄積してきました。PubMedに登録された関連研究は2026年時点で10万件を超え、複雑疾患と関連する遺伝子座は数十万にのぼります。

しかし、GWASが示すのは「どの染色体領域が疾患と関連するか」であり、「どの遺伝子が原因か」ではありません。1つのGWAS locus(関連シグナル領域)には平均で8〜10個の遺伝子が含まれます。正しい遺伝子を選ばなければ、創薬のターゲットとして意味をなしません。

この「GWASシグナルから因果遺伝子を特定する」という問題に、Open Targetsが機械学習で挑んだものが L2G(Locus-to-Gene)スコアです。


L2Gスコアとは:因果遺伝子推定の仕組み

L2GスコアはOpen Targetsが開発した機械学習モデルが出力する0〜1のスコアで、「このGWAS locusの因果遺伝子はこの遺伝子である確率」を表します。仕組みを模式化すると次の4ステップです。

L2Gスコアのコンセプトフロー:GWAS統計からL2Gスコアへの4ステップ ▲ Figure 1. L2Gスコア算出の流れ。GWAS統計から有意 locus を特定し(左)、credible set として候補variant群を抽出(中左)、各variantから遺伝子距離・eQTL・クロマチン接触・機能予測などの特徴量を機械学習モデルに入力し(中右)、locus周辺の各遺伝子に0〜1の因果スコアを出力する(右)。最高スコアの遺伝子が「因果遺伝子(causal gene)」候補となる。

モデルは次の特徴量を使って訓練されています。

特徴量グループ具体例
遺伝子との距離最近傍遺伝子からの塩基数、転写開始点からの距離
eQTL / pQTL遺伝子発現・タンパク質量との colocalization
クロマチン構造オープンクロマチン領域への距離
機能的影響予測VEP スコア、e2g スコア

訓練データは「遺伝的な作用機序(MoA)が確認済みの445個の承認薬ターゲット」です。つまりL2Gは「過去に実際に薬になった遺伝子」のGWASシグナルのパターンを学習しています。

L2Gモデルの信頼性は外部検証で確かめられています。Mountjoy et al.(2021, Nature Genetics)の解析では、L2G > 0.5の遺伝子は全ゲノム横断で承認薬ターゲットに 8.1倍 濃縮されていました。L2Gスコアが「遺伝的に因果である可能性の高い遺伝子」を示すだけでなく、「薬になりやすい遺伝子」と一致することが定量的に示されています。

ポイント

L2Gスコアは GWAS シグナルから因果遺伝子を絞り込むだけでなく、承認薬ターゲットを高精度に拾い直せることが報告されています(Mountjoy 2021, OR = 8.1)。本記事ではこの妥当性を前提に、L2G を「未探索の有望ターゲットを発掘するフィルター」として使います。


L2Gを「発掘ツール」として使う

検証で終わらせるのはもったいないです。L2Gスコアの本当の価値は「まだ見つかっていないターゲット候補を絞り込む」ことにあります。

絞り込みの考え方はシンプルです。

条件指標閾値
遺伝的根拠L2G スコア≥ 0.5
薬にできるTractability(Small Molecule または Antibody)Ligand あり以上
まだ着手していない最高臨床フェーズPhase 1 以下

この3条件を同時に満たす遺伝子が「遺伝的に見込みがあり、薬にもなりうる、まだ未探索の候補」です。


アルツハイマー病のケーススタディ

第2回第3回でも使ったアルツハイマー病(MONDO_0004975)で試してみます。

Open Targets Platform v26.03のデータを使い、GWAS証拠スコア(gwas_credible_sets datasourceの resourceScore、これがL2Gスコアに対応)を各ターゲットについて取得し、Tractabilityと照合しました。

アルツハイマー病 L2G × Tractability 散布図 ▲ Figure 2. アルツハイマー病の関連ターゲット(n=1,000)をL2Gスコア(X軸)× Tractabilityレベル(Y軸)でプロットしています。点の色は開発ステージです。右上の緑ゾーン(L2G > 0.5 × Tractability “Ligand” 以上)が「候補ゾーン」です。[Data: Open Targets Platform v26.03]

散布図の右上—L2Gが高くてTractabilityも良好—に、青い点(Preclinical、まだ承認薬なし)がいくつか見えます。

これらをリストアップしたものが次のFigureです。L2G ≥ 0.3、Tractable、かつPreclinical/Phase 1の条件でフィルタリングすると12遺伝子が抽出されました。

未承認候補トップ12 ▲ Figure 3. アルツハイマー病における L2G 上位の未探索候補遺伝子(Preclinical/Phase 1、Tractable、L2G ≥ 0.3)。各バー右の n=N loci は、その遺伝子を支持するGWASシグナル数(多いほど複数の独立した遺伝研究で再現されていることを意味します)。[Data: Open Targets Platform v26.03]

候補遺伝子を読む

APOE(L2G = 0.96、104 loci)は最も強い遺伝的支持を持ちます。GWASの定番遺伝子ですが、直接薬剤化できる承認薬はまだ存在しません。APOEタンパクを標的とした抗体やASO(アンチセンス核酸)の開発は進んでいますが、承認には至っていません。

TREM2(0.94、14 loci)はミクログリアの受容体で、アルツハイマー病最大の免疫関連リスク遺伝子のひとつです。現在アゴニスト抗体がPhase 2前後で開発中ですが、まだ承認薬がなく、L2Gスコアが高い代表例です。

SORL1(0.94、17 loci)はアミロイド前駆体タンパク(APP)のソーティングに関わるリソソーム受容体です。遺伝的根拠は17 GWASシグナルと非常に厚く、TractabilityはSmall Moleculeが “High-Quality Pocket” レベルにあり、構造に基づく創薬アプローチが期待できます。

CTSB(カテプシンB、0.94、3 loci)はリソソームシステインプロテアーゼで、Aβペプチドの産生に関わります。抗がん薬ではカテプシン阻害剤の研究実績があり、ADへの応用が注目されます。

PLCG2(0.92、11 loci)はTREM2下流のシグナル伝達に関わるリパーゼで、アルツハイマー病の免疫系リスクシグナルとして複数GWASで同定されています。

注意

L2Gスコアが高いことは「薬ターゲットとして有望」の出発点であり、確定ではありません。文献・マウスモデル・ヒト組織発現などの追加検証は必須です。


他の疾患でも使えるか

アルツハイマー以外の主要疾患でも同じ枠組みを適用した結果が次のFigureです。

疾患別候補数 ▲ Figure 4. 9疾患における「遺伝的根拠の高い未探索候補」の数(L2G ≥ 0.5 × Tractable × 未承認)。各疾患の上位300ターゲットを対象にしています。[Data: Open Targets Platform v26.03]

統合失調症とアルツハイマー病が候補数トップ(ともに165)で、続いてBMI(159)・喘息(157)・冠動脈疾患(156)が並び、「遺伝的に支持された新規ターゲット」の余地が大きい疾患群を形成しています。乳がん(64)はGWASシグナルの大半がすでに既知の標的に向かっており、新規候補の余地は他に比べて小さいです。

一方、「高L2Gターゲット中どれだけが未探索か」という比率(未探索の余白)を見ると、パーキンソン病が60%でトップでした。

未探索の余白 ▲ Figure 5. L2G ≥ 0.5のターゲットのうち「Tractableかつ未承認」の割合。パーキンソン病は遺伝的支持のあるターゲットの60%が未着手です。[Data: Open Targets Platform v26.03]

パーキンソン病のL2G上位遺伝子(GBALRRK2SNCAなど)は複数が臨床試験に入っていますが、多くはまだPhase 1〜2段階で承認薬に至っていません。遺伝的エビデンスに比して創薬開発の進度が遅れている疾患と言えます。


この解析の限界と注意点

1. L2GスコアはGWASデータに依存する L2GはGWASシグナルのある locusにしか適用されません。希少変異(rare variant)・コーディング変異の因果性は別途評価が必要です。

2. 「未承認」≠「未試行」 Open Targetsの “Preclinical” は「承認薬なし」を意味しますが、活発に研究されている遺伝子も含まれます。実際に白地かどうかは文献確認が必要です。

3. サンプリングの限界 本解析は各疾患の上位300ターゲットのみを対象にしています。L2Gスコアが中程度(0.3〜0.5)で隠れている候補は拾えていません。

4. Tractabilityスコアは動的に変わる 構造情報の蓄積やAlphaFoldによる予測ポケットの改善で、Tractabilityは随時更新されます。


まとめ:L2Gを使ったターゲット発掘ワークフロー

GWAS
  └─► Open Targets Platform
        ├─ gwas_credible_sets 証拠の resourceScore = L2G スコア取得
        ├─ フィルタ:L2G ≥ 0.5
        ├─ フィルタ:Tractability "Ligand" 以上
        └─ フィルタ:Max clinical phase ≤ Phase 1

         候補遺伝子リスト

    PubMed・OMIM・マウスモデルで追加検証

    Platform UI(第2回)で詳細プロファイル確認

L2Gスコアを「入口のフィルター」として使い、候補を絞り込んでから深掘りします。これがOpen Targetsを創薬ターゲット探索に活用する実践的なワークフローです。


おわりに

本記事ではL2Gスコアを「閾値でフィルタするための指標」として使いました。L2Gを含む複数の特徴量を機械学習で組み合わせて、より柔軟にターゲットを優先順位付けする解析にも展開できます。ご要望があれば、そうした続編も書いてみたいと思います。


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データ取得日: 2026年5月 / Open Targets Platform v26.03

参考文献: Mountjoy E et al. “An open approach to systematically prioritize causal variants and genes at all published human GWAS trait-associated loci.” Nat Genet. 2021;53(11):1527-1533. DOI: 10.1038/s41588-021-00945-5